何事にも、始まりがある。
最初の経験は特別なものである。
2019年夏の沖縄は初めての採集遠征だった。
虫を採るためだけに南の島まで赴くなど、大学に入った頃は思ってもみなかった。
未知なる世界の入口に立った気がして、強い興奮を覚えた。
現地では、大学3年から入った生物サークルで知り合ったクワガタ屋の某氏と行動を共にした。
いま思えば、ズブの素人である私ははっきり言って足手まといだっただろうし、ターゲットも同じクワガタなのでやりづらい部分もあったのは想像に難くない。
しかし、あの遠征が無ければはたしてその後も採集や自然との関わりを続けていただろうか。それくらい大きな転換点だったと思う。だから彼には心から感謝している。
那覇空港に着いたら、まっすぐ沖縄島北部の「やんばる」へ向かう。ヤンバルクイナやヤンバルテナガコガネが生息する、生物多様性の宝庫。知識と体験が結びつきつつあることがこの上なく嬉しかった。
窓を開けると、亜熱帯気候の熱気と湿気を感じる。どこまでも広がる鬱蒼とした原生林の風景。林内の独特な匂い。今でも鮮明に覚えている。
某氏の案内で、林道沿いの沢でオキナワイシカワガエル、池で金粉模様のオキナワシリケンイモリを観察する。
足元の側溝ではヒメハブがとぐろを巻いていて、肝を冷やした。
やんばる以外の北部の各地も巡りながら、沖縄の独特な空気感を満喫する。
今回の主な狙いはオキナワノコギリクワガタ、オキナワヒラタクワガタ、リュウキュウコクワガタ。明るいうちにバナナトラップを仕掛ける。
翌日も晴れたので、いろいろな昆虫を観察できた。オキナワハンミョウ、オオシマルリタマムシ、オキナワチョウトンボ、ツマベニチョウ...。本州や北海道では見ない昆虫の数々に心が躍る。
しかし、このあと事態は急変する。
台風の接近により、翌日から最終日までずっと嵐のような天気になってしまったのだ。
せっかく仕掛けたバナナトラップも撤収せざるを得ず、初めての遠征でクワガタを採ることは絶望的な状況に。
仕方ないので沖縄島北端の海岸でアシブトメミズムシを探したり(いなかった)、美ら海水族館に行ったりした(マナティーが可愛かった)。
そんなこんなで気づいたら遠征最後の夜、諦め半分でダムの街灯に虫が飛来していないか見に行く。前日に比べると雨風が多少弱い。
街灯の下を見て行くと、クワガタの頭の死骸があった。少しだけ期待が高まる。
雨続きということもあり、オキナワアオガエルやガラスヒバァも出ている。
そして、周囲の草むらを丹念に見ていると、
いた。いた。
クワガタだ!!!!!
掴んだのは小さなオキナワヒラタクワガタ。
諦めなくてよかった。ここまで来た甲斐があった。心の底から喜びが湧いてくる。
今だから分かる。この遠征自体もだが、この1匹を最後の晩に見つけられたこともまた、人生の転機であった。
クワガタに、南西諸島に、自然の奥深さに、焚きつけられた瞬間だった。