3月2日。ちょうど一年前の今日、学生最後の旅に出た。
行き先は、小笠原諸島。
片道丸一日かかる1000km超の船旅。
その先に待っている独自の自然。
それだけでロマンを感じる。
当時は、学生時代が終わってしまう名残惜しさと、社会人としてのスタートに漠然とした不安を抱えていた。
そんな時期にあの場所を訪れたことは、人生において大きな意味を持ち続けている気がする。
本当は、古い遠征から順に書くつもりだった。しかしあれから一年が経った今、書き残すことがある気がしたのでここに記すこととする。
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きっかけは、修論と格闘していた2023年暮れまで遡る。
当時の私は卒業旅行へ行くことに消極的だった。
新生活に向けてお金を貯めておかねばならなかったし、とりあえず学生のうちの遠征は一旦満足した「つもり」だったからだ。
そんな折に、SNSで誰かの呟きをたまたま目にする。
その方は社会人で、次のように綴っていた。
「自然が好きな人は学生のうちに、絶対に小笠原へ行っておいたほうがいい」と。
小笠原諸島...
2011年に世界自然遺産に登録された、船で片道丸一日かけないと行けない島。
運航ダイヤの都合で最短日程でも6日間を要する。
ただでさえ遠い場所だが、社会人になったらさらに遠ざかるだろう。
でも、わざわざ今行く必要があるのだろうか。
数日間悩みに悩んだ挙句、決断した。
...今、行くしかない。
修論の目処が立った1月末、船と宿を予約した。
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2023年3月2日。私は東京・竹芝港に立っていた。
小笠原までの唯一の交通手段である「おがさわら丸」はここから出航する。
春休み期間ということもあり、船内は多くの乗客で賑わう。
乗客は大きく分けて2つの集団が占める。卒業旅行らしき学生グループ、そして退職後と思われるシニアグループ。
しばらくすると船は汽笛を上げ、ゆっくりと力強く動き出した。
東京湾を通過し、外洋へ出ていく。
次第に陸地は遠ざかり、海の彼方へ消えていった。
24時間の航海の大部分は携帯電話の電波が繋がらない。普段の生活で、どれだけ自分がSNSやインターネットに意識を持っていかれていたのかを実感する。
でも、今はそれらを気にする必要がない。
ゆっくり本を読めるし、飽きたら外に出て水平線をぼんやりと眺めることもできる。
流れる時間を大切にしている実感が湧く。
この船は単なる移動手段ではない。旅の一部なのだ。
翌日の昼前、ついに小笠原諸島が近づいてきた。
島の周辺の海ではザトウクジラが浮き沈みを繰り返す。
寄港地である父島が眼前に迫る。
ほどなくして父島に上陸。
港から遠方に見える山々の植生、におい、空気感には今まで訪れた南西諸島とは異なるものを感じる。
初めて訪れる島はいつも興奮するが、今回は特に「来てよかった」と思えた。
それは、ここを訪れるのが最初で最後である可能性が高いという緊張感がもたらす感情なのかもしれない。
現地ではツアーなどに参加せず、本当に気ままに過ごした。自分の目で、この島の魅力を確かめたかった。
原付を借りて島内を散策し、いろんなお店で食事を楽しんだ。特に名物の島寿司(地魚の漬け寿司)は絶品である。
父島は大村地区のメインストリート沿いに多くの飲食店や土産屋が並び、夜も活気に溢れている。
ハイライトは、往復2時間以上かけて行った父島南端のジョンビーチだろう。
当初は散策路の入口でやめておくつもりだったのだが、次にいつ来れるか分からない場所なので、結局行くことにした。
道中では小笠原の独特な自然を体感する。
ここはボニンブルーの楽園。
いくつかの峠や海岸を通り抜けること約1時間、ついにジョンビーチへたどり着く。
自分以外、誰もいない静かな浜辺。
日没が近づき傾く太陽、煌めく渚、波の音...
すべてが美しかった。
「死ぬまで忘れないだろう」と直感的に思った。
浜辺に腰を下ろし、波を眺めながらこれからの将来に思いを巡らせる。
学生生活が終わり、一ヶ月後には社会人として働いているという事実に不安は募るばかり。
でも、興味のあることに没頭できた直近2年間の経験と、そこで見てきた数々の美しい景色は、私に多くのものをもたらしてくれた。
今後訪れるであろう苦しい局面においても、それらが心の支えとなってくれる気がした。
社会人になる前に、こうして自分とゆっくり向き合う時間をとれて良かった。
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母島も良い場所だった。
滞在の中日に、父島から朝のフェリーで日帰りで行ってきた。
母島は集落がこぢんまりとしており、時の流れがゆるやかである。自然も父島より豊かな印象を受ける。
日帰りなのがとても惜しい。
こちらの島内移動も原付。絶景を味わいながら風切る爽快感が堪らない。
5時間程度の短い滞在だったけれど大満足。
島の見晴らしのいい場所や帰りの船からも、ザトウクジラが見えた。
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残りの時間も、気の赴くままに各地を巡ったり、同宿の方々や自然との偶発的な交流を楽しみ、3泊4日の滞在はあっという間に終わりを告げた。
今でもふとしたとき、一年前の情景を思い出すことがある。あの場所と自分との結びつきがまだ続いている気がして、嬉しい気持ちになる。
学生生活の締めくくりとしてこれ以上ない、豊かな旅であった。