2024年神津島

新年度が始まった頃、むしけんの先輩A氏からLINEが来た。

「GW、何してんの?」

特に予定も無い旨を返すと、ある提案をされた。

「ミクラミヤマクワガタを見に行かないか?」

 

スマホを握る手が少し震えた。

 

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ミクラミヤマクワガタは、世界でも伊豆諸島の御蔵島神津島にしかいないクワガタだ。

近縁の仲間は遠く離れた中国大陸に分布し、成虫は飛べないため森林の地面を歩く独特な生態で知られる。

成虫の発生はGW頃から始まると言われている。

 

とても魅力的なクワガタであるのは間違いないが、今まで現地に行かなかったのには理由がある。

実はこのクワガタ、2000年代に村の条例によって採集禁止になっているのだ。

やはり採集を趣味としている者としては、現地で見つけても、採れないもどかしさを抱えることになるのは目に見えていた。

 

とはいえ、法で禁じられているからといって採集禁止種を「いないもの」として捨象することは違うとも思っている。

現地で彼らを探して出会うことでしか分からないこと、どんな図鑑にも書ききれない経験が、きっとある。

ミクラミヤマクワガタは昔に読んだいくつかの本にも出てきていて存在は知っていた(例えば「クワガタクワジ物語」中島みち著など)。

孤島で命を繋いできた小さなクワガタは幼心にも魅力的に映り、未知なる世界の一端を教えてくれた。

 

現地に赴き、あの本に載っていた風景をこの目で見たい。

ミクラミヤマクワガタに出会い、最高の一枚を写真に収めたい。

 

行く決意は固まった。

 

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当初は御蔵島へ行く予定だったが、島の宿が満杯のため、もう一つの生息地である神津島へ行くことに。

個体数が多い御蔵島に対し、神津島は近年激減しているらしい。

むしけんOBのB氏も加わり、3名での観察遠征が決まった。

22時、東京は竹芝港より「さるびあ丸」が出航する。

連休後半が開始したこともあり満席だ。

穏やかな気候で、外のデッキで夜風に当たるのが心地よかった。

過ぎゆく夜景を眺めながら、今夏の遠征のことなどを3人で語り合った。

 

この感じ、すごく懐かしい。

 

学生時代はA氏宅で「離島会」がしばしば開かれ、ジンギスカンを囲みながらクワガタについて夜な夜な語らう日々だった。

あのクワガタはかっこいいとか、誰々の採ったクワガタはデカいとか、大の大人がしょうもないことを真剣に、楽しげに話す空間。

あの時のメンバーは進学や就職で各地に散り散りになってしまった。

かつては当たり前に存在した時間も、今となっては貴重なひとときであったことを痛感する。

 

街灯りが海の彼方へ消えていった。

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翌朝、経由地の島々へ寄港する。

朝日を浴びた伊豆大島

三角山がぽっこり出た利島、

翡翠の渚煌めく新島、

断崖が荒々しい式根島

島によって、こんなに地形や雰囲気が異なるとは。

言葉でしか知らなかったものが、自分の経験となってゆく。

最後に、目的地の神津島が見えてきた。

神津島の遠景を見た印象は「かっこいい」。

島の中央部にそびえ立つ天上山(名前もかっこいい)を筆頭に山が連なる。

すでに「来てよかった」と心から思えた。

そして上陸。小さな島なので、大きな集落は港周辺のみ。

滞在先の民宿も歩いて行ける範囲にある。

今回は基本的に徒歩移動。

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身支度を整え、フィールドへ出かける。

事前に役場へミクラミヤマの観察に行く旨は伝えており、生息環境を壊さぬよう注意しながら探索する。

「林内から出てきたミクラミヤマが道路上を渡っている」という古の情報を頼りに、生息地とされていたエリアの道路を歩いてみた。

地面を動くものに目を凝らして歩く、歩く。

 

が、いる気配がしない。

 

ミヤマクワガタが好むような湿潤な林がとても少ない。

かつては道を歩くだけで100匹以上見られた場所もあったらしい。

開発によって乾燥が進んでしまったのだろうか...?

 

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探し始めてからすでに3時間が経とうとしている。一旦休憩を挟み、近くの林道を探してみることに。

 

林道に入ると、島に来てから初めて「いそうな気配」を感じた。

竹が混じった照葉樹林、湿潤な林床。

幼い頃、本で見た環境によく似ていた。

より集中を高めて地表を凝視する。

 

すると突然、先を歩くB氏が声を上げた。

 

 

 

「いた!!!!」

 

 

 

残り2名、急いで声の元へ駆け寄る。

 

 

 

そこには、確かにいた。

雌のミクラミヤマクワガタだ。

雌は雄よりも見つけ難いと言われているので、幸運であった。

 

本土のミヤマクワガタよりも小さく、ずんぐりした体型をしている。

 

そして強い光沢を放っている。

3人ともいたく興奮した。

 

初めて見るクワガタとの出会いはいつだって、何にも代え難い喜びである。

 

残念ながら採集はできないが、未練は無い。

この場限りの姿を沢山撮影した。

 

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珍しいと言われる雌を見られたのは嬉しいが、やはりクワガタなので雄を見たい。

3人ともそう思っていた。

その後も最終日まで探したが、結局あの1匹が最初で最後の個体になってしまった。

雌がいた林道を何往復もして探したが、見つけられなかった。

 

発生ピークを迎えているであろう時期に3人で探して1匹のみとは...

しかも死骸などの痕跡も無い。

採集が禁止されてからすでに15年以上経ち、乱獲による影響とも考えにくい。

このままでは数十年後、いや十年後すら危ういのではないかと思わざるを得なかった。

 

我々は今回初めて探した身なので、もっと違った環境に沢山いるのかもしれない。今年の発生ピークがずれていた可能性だってある。

むしろそうであってほしい。

 

悲しい意味も込めて、このタイミングで観察に来たのは正しかったのかもしれない、と思ってしまった。

 

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今回の遠征は観察のみで、ミクラミヤマは昼行性のため、その他の時間はいつもよりのんびりできた。

おばあちゃんちのような居心地の民宿、

名産の島魚や明日葉を使った料理、

夕凪の浜辺での小宴会、

零れ落ちそうな満天の星空、

最後に入った神津島温泉、

総じて穏やかで、安らげる島だった。

一人旅では自分と向き合う時間が多いが、こうして他の人と一緒に同じ時間や体験を楽しむ旅もまた良い。

その時々の「いま」を大事にしながら過ごした3泊4日の旅は、静かに終わりを迎えた。