職場の森を歩く

GW以降の週末はいつも採集や観察で遠出していた。

流石に疲れた。けど天気が良いので何もしないのも勿体ない。

そこで、あることを思いついた。

 

家から近い職場で採集しよう。

 

うちの職場は広大な敷地のなかに森が広がっている。

昼休みにたまに散歩することがある。

そのときに、道路沿いから深い森が見える。

 

 

あそこには何がいるのだろう。

 

 

ずっと気になっていたので確かめてみることにした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

開始直後に網が破けたり竿が壊れるアクシデントがあったが、気を取り直して昼前から探索開始。

すでに暑い日差しが照りつけているが、まだ蒸し暑くはないのが救いだ。

適当に林内へ入り、敷地をぐるっと一周してみる。

 

林内はドクダミなどの下草が茂る。

ときおり棘のある草がチクチクするが、草丈はそれほど高くないので歩ける。

基本的に林内は暗いが、所々にギャップができて明るい場所もある。

木はシラカシクヌギアカマツが多く、それぞれ同じ種はまとまって植っていることが多かった。

今回は狙いの種がない「五目採集」。

甲虫の類を中心に見ていこうと思う。

 

採集スタイルはいたってシンプル。

いろんな木々の梢に目いっぱい竿を伸ばしてガサガサする。手元にたぐり寄せて網の中にいる虫を見る。この繰り返し。

 

やっていて気づいたのは、森の奥深くより風通しのよい林縁部のほうが虫の入りが良いということ。

あと、同じような環境に生える木々でも、虫が多い木とほとんどいない木がはっきりしている印象を受けた。

 

木の種類や日当たりによっても、得られる虫が全然違う。

日当たりの良い広葉樹ではゾウムシやタマムシが入った。

最も多いのはテントウムシ

針葉樹には蜂や大型のカメムシが多い。

 

明るい草むらにはイトトンボやツチイナゴ。

林縁の暗い場所にはウラナミアカシジミやジャノメチョウが低く飛ぶ。

暗い場所のマメ科植物の藪ではチャバネゴキブリやツチカメムシ

 

ヤブキリの終齢幼虫も入ってきた。

林内には所々に獣道や作業道がある。風通しが良く、チョウやトンボの通り道でもある。アカボシゴマダラやコシアキトンボが多く、たまにヤンマの類が飛翔する。

そのようなところには蜘蛛が大きな巣を構えて獲物を待つ。

 

刺激的だ。

やはり、歩かないと見えないものはある。

 

時間もルートも定めていないので、帯のように続く森の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

主体的に入り込みつつ、環境が示すシグナルを見落とさぬように。

 

いつものクワガタ採集とは違う感覚を使っている気がする。

クワガタ採集では樹液の出る木や仕掛けたトラップなどピンポイントの「場」に依存することが多いからだろうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ついでにクワガタが集まりそうな樹液の出る木も探したが、あまり良い木は見つからず。

クヌギやコナラの「良い木」は、昼間からチョウやヨツボシケシキスイなどが樹液に集う。

周囲には発酵した樹液の匂いが漂う。

 

最近はナラ枯れの影響で樹液が滲む木々が増えたが、それら全てにクワガタが来るわけでもないので難しい。

結局、期待できそうな木は3本程度。いずれも道沿いか近いところだ。

 

そもそも、この敷地内にクワガタは多くないのかもしれない。発生源となる朽ちた木がとても少ない。

樹液に来るクワガタたちは他の場所から飛んできている可能性がある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

3時間ほど歩き、出発地点に帰ってきた。

ちょうど良い疲労感。

 

一回歩いてみたことに意味はあったが、一回では分からないことの方が多いとも感じた。

そう思うくらいには色々いそうな森である。

また時間帯や時期を変えてやってみても面白いだろう。

 

帰宅後、本日の採集品を整理する。

採集したのはゾウムシ、ハナムグリタマムシなど。

一昨日に別の場所で採ったノコギリクワガタと比べると小さいものばかり。いや、甲虫類の中でノコギリクワガタが超巨大なだけだろう。

これだけ姿形やサイズが多様なのも甲虫の魅力だ。鞘翅、頭部、脚の造形などに各種の個性が見られる。

いつか職場の採集品で標本箱を作ってみたい。

命をいただく以上、記録としてきちんと残そうと思う。

雑記8

昼休みに本を読む。

 

いつもは陽が射す窓辺で読むが、この日は外で読みたくなった。

まだ蒸しておらず、暑すぎない今だからできること。

 

銀杏の根元に腰を下ろす。

本を読む。

 

 

息のたびに緑の空気が出入りする。

いつかの感情を思いだす。

 

山で歩き疲れ、そこらの地べたに腰を下ろすとき。

疲れると余計なことを考えなくなり、力みが抜ける。

全てあるがままで、自分が世界の一部を構成していることを自覚する。

 

本を咀嚼しながら、緑の風を感じた。

蟻一匹、靴の山脈を越えていく。

昆虫採集について

昨日は6月4日。

巷では虫(64)の日と呼ぶ人たちもいるらしい。

 

どこかへ行って「虫の日」ラベルの虫でも採ろうかとも思ったが、夜の気温が低くて微妙なコンディションだったのでやめた。

 

せっかくの機会なので、ここらで昆虫採集について考えてみようと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昆虫採集。

文字どおり、虫を採り蒐集する営みだ。

 

ある種の虫を狙って採るのは、ことのほか難しい。

身近にいるモンシロチョウやアキアカネにしたって、「決められた環境で1時間以内に採集しなさい」と課されたら、きっと困難だろう。

 

虫だけを追っていてはいけない。

好む植物や環境、発生する時期、一日における時間帯、気温、湿度、天候...
フィールドに通ってその虫に関わる諸要素、つまり自然全体への理解を深めることで、狙いの虫に出会える確率が高まるのである。

 

本やインターネットにも詳しい情報は散在している。でも網の振り方、草原や森の歩き方、煩く飛ぶアブや蚊との向き合い方はまずやってみないと分からない。

何よりフィールドで湧きだす感情は、どんな言葉でも表しきれない。

 

 

狙いの虫と初めて遭遇した時の緊張感。

 

逃してしまった時の、抱え切れぬほどの悔しさ。

 

苦労の末にようやく採集できた時の感動。

 

自分で取り組んだ者だけが得られる経験である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昆虫採集を始めて良かったことで一番に思い浮かぶのは「世界の見え方が変わっていく過程を楽しめること」だ。

 

虫を探すときに私が見ていたのは虫だけではなかった。

採集の過程では、他の動植物や植生、季節、天候といった諸要素の絡まり合いを見ていることに気づく。

 

昔と今を比べると、同じ景色を見たときに入ってくる情報量が違う。

日常にも、無数の未知が潜んでいることに気づく。

 

季節の細かな変化も、この趣味をやっていなければきっと見向きもしなかっただろうと思う。

 

採集を通じて世界の新たな一端を見つけられ、人生をより豊かにしてくれる。

知れば知るほど、未知なる世界の広がりに対して謙虚に向き合える。

私が昆虫採集を続ける理由である。

水無月のHydrangea

2024年の折り返しが近づく。

もうすぐ梅雨。すでに空気は湿っぽい。

 

まだ朝夕は大分涼しい。

自転車を漕ぐと、冷風が皮膚を掠める。

 

いまが一番、草木の緑が生き生きとしている。

ひと雨ごとに季節が進む。

この先には照りつける暑さや蝉の声が待ち構える。激しい季節。

 

紫陽花が咲いた。

いつもより通勤に時間を要する。

ガクの外縁から中心に向かって染まる。

去年よりもひと塊りが大きな気がした。

週末は、まとまって生えている庭園へ見物に行こうと思う。

ミヤマツヤハダ採集記

先週の金曜深夜、むしけんの先輩2名がやって来た。

翌日のミヤマツヤハダクワガタ(ツヤハダクワガタ本州中部亜種)の採集のため、うちで前泊することになっていたのだ。

先日作ったヤエマル箱や先輩の八丈島での採集品を眺め、今夏の遠征へのモチベーションが高まる。

「離島会」さながらの雰囲気で、とても楽しかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

翌朝、はるばる静岡方面へ向けて車を走らせる。

初めて首都高を走ったが分岐が多すぎて大変だった。

途中で渋滞に巻き込まれ、現地に着いたのは昼過ぎ。

適当な場所に車を停めて林内へ入る。

麓は晴れていたが、標高を上げると肌寒い。

ツヤハダクワガタは赤く朽ちた木の中に潜り込んでいる。赤ければどんな木でもいいわけではなく、硬さや湿り気などの条件が揃った材に集中していることが多い。

ちょっと採るのにひと癖あるクワガタで、私も北海道時代に1回しか採ったことがない。

 

秋から春にかけて羽化した成虫は、夏になると木から脱出して活動するので今の時期がラストチャンスだ。

ツヤハダがいる材は表面が硬いので崩すのが疲れる。

かといって、あんまり乱暴にやると小さなツヤハダを傷つけてしまう(大きい雄成虫でも2cm程度しかない)ので、慎重さも求められる。

材の中には幼虫が食い進めた坑道が縦横に走る。

この日は日没まで2ヶ所で探したが、成虫の死骸と幼虫しか出ず。誰も生きた成虫は得られなかった。

ピッケルを握っていた左手は握力が無くなってしまった。とてもきつい。

いることが分かったので安心したが、やはり成虫を採らないと帰れない。

3人で協議の末、安宿で一泊して明日も再挑戦することにした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

採集後の楽しみが風呂と食事なのは、今日も変わらない。

夕食は静岡名物「さわやか」のハンバーグ。

1時間半の待ち時間に近くのスーパー銭湯で汗を流す。

銭湯から戻ると、ちょうど呼ばれるタイミングだった。

げんこつハンバーグ。

初めて食べたが、すごく美味しい!

これはみんな食べに来るのも納得。

250gあったが、ぺろりとたいらげた。

 

食後は宿に直行。疲れてたのですぐに熟睡。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

翌朝、身支度をしてすぐ出発。

昨日とは違うエリアに入った。

雨予報なので、遅くとも午前中に勝負をつけたい。

最初に入った場所は全然ダメ。良い材が転がっていない。若木が多かった。

あまりに採れなさそうだったのでみんなより先に車に戻り、寝て待っていた。

次の場所に移動。

帰りの時間を考えたら、残り1時間半が限度だ。

何がなんでもここで見つけ出すしかない。

集中を高めて林内を駆け回る。

広葉樹の倒木が多く、さっきのところよりは良い環境。

 

すると、枯れ沢へ落ち込む崖の際に赤く朽ちた倒木を発見する。

太さ胴回りほど。長さも1.5mはある。

残り時間は45分。

今日はこの材と心中しよう。

 

崩し始めの一発目からツヤハダの幼虫が出てきた。相当な密度だ。成虫の死骸もちらほら。

材の中心部より、表層の硬い部分の直下にいることが多い。

崩して出てきた幼虫は可能な限り埋め戻した。

 

あとは成虫だけ...!


そう思いながら崩していたとき、足元の破片に黒いものが見えた。

 

 

!!!!!!!!

うおおおおいた!!!

 

 

ミヤマツヤハダ!!!

しかも雄!!

これには思わず叫んでしまった。

小さいけれど、かっこいい...

結局この材から出た成虫はこの1頭だけ。

クワガタ採集全般に言えることだが、0と1は大違いなのだ。

最後の最後に一発逆転。最高の気分だ。

 

待ってくれていたかのように豪雨になり始めたので採集終了。

先輩方も成虫をゲットしており、みんなハッピーエンドだった。

 

先輩採集の特大個体(21mm超)が凄かった。

立派な大アゴもだが、胴体の長さが私の採集個体とは別物だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

帰りも渋滞に巻き込まれ、ありえない雨量の豪雨に打たれ、どうにかこうにか帰って来た。

高速を使ったせいか、意外と静岡が近く感じる。

 

帰宅後、採集個体を改めて撮影。

あまり大きくないが、ミヤマツヤハダらしく大アゴ根元部分の歯が突出している。

 

空気の澄んだブナ帯を歩きながらのツヤハダ採集はとても楽しいので、また別産地へ探しに行ってみたい。

 

雑記7

職場のデスクの片隅に、ミクラミヤマクワガタの写真を飾った。

ふとしたときに見ると、あの時の記憶が蘇る。

その余韻は日が経つごとに増している。

私にとって、御蔵島に赴いてミクラミヤマクワガタを見たという経験は、それだけ大きな意味があることだった。

やはり、あの島とあのクワガタには昔から潜在的な憧れを抱いていたのだ。

 

 

日本には100亜種以上のクワガタが生息しているといわれる。

その中には、一般人が立ち入れない僻地に生息する種、法令で採集が禁じられている種も含まれている。

全亜種をコンプリートするまでの意欲は無いが、採集禁止だからといって現地の姿を見ないのは勿体ないことであると今回気付かされた。

 

その意味で言えば、現地でどうしても見たいクワガタはあとどれくらいいるのだろう。

...そんなに多く無い気がする。

いま、ぱっと思い浮かんだのは10亜種だった。

頑張って2、3年分の夏を費やせば、それらに会うことは可能だろう。

 

案外、終点は遠くないのかもしれない。

 

その後は何をするのか、知る由もない。

行った島々へ繰り返し採集へ行くのか、国内の離島巡りを続けるのか、海外採集へ行くのか、もう色々満足してやめてしまうのか。

 

今年の残りで新たに訪れる予定の島は多くて4つ、少なくて2つ。

趣味でやっているからこそ気楽に、多くの人に理解され難いことだからこそ真剣に、残りの時間を費やしていきたい。

 

船旅について

待合所。

 

乗客が高揚した様子で仲間と言葉を交わしている。

 

若者たち、釣り人、登山客。

いろいろな人生がここで交差する。

 

みんな違うけれど一体感があった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

荷物を客室に置き、外のデッキへ駆け上がる。

船の後ろ側の柵は人々でたちどころに埋まってしまう。

 

重みのある汽笛の音が鳴り響いた。

 

ゆっくりとゆっくりと、岸壁が離れていく。

 

都会の夜景が過ぎる。

夜風を受けながら、柵にもたれてジュースを飲む。

 

少し感傷的な気分になった。

同時に、何かから脱出、逸脱しようとしている自分に気づいて喜んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

翌朝。何時かわからないが、外のデッキへふらりと出てみる。

 

凪いだ海原。

 

定規で引いたような水平線。

 

朝日がゆらめきながら昇る。

時の不可逆性。

 

スマホで写真に収めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

船でとる食事にしかない特別感、緊張感がある。

 

いつもの菓子やカップ麺も、ここでは大事に食べたくなる。

 

乗り慣れたら忘れてしまう味なのかもしれない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

目的地が近づいてきた。

到着のアナウンスが流れる。

急いで下船の支度を始める。

支度=ゴミを捨てて、残りはカバンに押し込むだけ。

 

下船口に乗客が並びだす。

みんな船から早く降りたがっている。

 

タラップが港と繋がった。

...

弾むようにして、島へ降りた。